L-M BRIC ニュース 第11号
小指 (内側指)操作のフィンランドのループ指操作組紐木下雅 子
フインランドでは小指操作のループ組 紐も行われている。この方法で 下糸を掬い取る「閉」操作を用いて不正規組織組紐UO(cc)を組む(註1)。
ルー プ操作組紐技法の比較的に早期の報告の 一つ、ELSE GUDJONSSON のアイスランドの指操作技法(註2)中にあげられている、 フィンランドのループ
組紐の参考資料の一部については既に報告し た(註3)。それによれば、フィ ンランドではループ指操作法の第1法が用いられている。GUDJONSSONは更に
フィンランドには人さし指操作の技法の外に 「小指か薬指で人さし指にかかるループを引っ掛けて取る」技法があると伝えている。本稿はその時に入手できなかった第3の資料、Saarta, Martta のÒISKETYT NAUHAÓ の報告である。ループ指操作法には、本誌で第1法と呼ぶ人 さし指操作と第2 法と呼ぶ小指操作の方法がある(註4)。第1法は、ヨーロッ パの古記録と古資料、北アフリカ、中南米の現地採録報告などに よって、これらの地域で用いられ ていた又いることが知られている。第2法は、インド、インドネシア、タイ、日本の採録報告に見られ、中国の出土資料からも推定できる技法で、それ以外に西 部ロシアの東スラブ地方の採録報告にもみられる。これらから、ロシア西部の報告を例外として、あたかもループ指操作技法の世界的な分布に偏りがあるような 印象を受けてきた(註5)。この印象は果たして正鵠を得てい るのか、それでは飛び地のようなロシアの技法をどのように受け取るべきか、等の疑問から、フィ ンランドで第1、第2法が共に使われていると言うことを確かめたいと願いつつ、言語のバリアに妨げられて遅延していた。ところが本誌第10号(2006) で報告した南米コロンビアの原住民ワヒラが第1法、第2法を共に使っているという採録報告があったので、フィンランドの論文を是非手に入れなければならな いと考えていた(註6)。幸に大学図書館に勤めていた頃の フィンランド人の同僚Meeri Kaaretさんの助けで文献をヘルシンキの国立図書館から入手し、英訳もしていただくことが できた。
Martta Saarta のこの報告によれば、ループは2本乃至10本を使う。しかし親指も使わなければならない9本以上の場合は手勝手が良くないので、5, 7本のいずれかを使う場合が多いという。5, 7, 9本ループの組み方の図解がついている。
ループを1本ずつ人さし指から順に小指の方 に向けて掛け、5ループの場合は薬指、7ループ以上では小指を操作指に使う。すなわち第2 法である。フィンランドで第1法と第2法が使われていることが確実になった。ただし9本のループを使う場合の親指の扱い方についての説明はない。本号イラ スト技法解説のクリックモアさんによる9本ループ技法はフィンランド技法には関係なく考案されたものであるが、一つの可能性を示している。またフィンラン ドでは組紐を「組む」ことを「打つ」というとのことで、日本、中国などの習慣に共通する。 但し、この論文からは、両法が同一地域で行われているのか別地域なのかは不明である。
組み方は、ループ数5本を例に取れば、図1 上2列
1-1 左手に3本、例えば赤糸、右手に白2本。
1-2 右手操作指(薬指)を左手中指のループに差 し込み人さし指のループを取る
ループを移動したら、両腕を広げて打つ(緊 迫する)。
左手のループを指1本づつ上に向かって移す(ループの差し替え)1-3 空いた左手の薬指でを右手中指のループに差 し込み、人さし指のループを取り。
ループを移動したら打つ。 ループを差し替 える。
12回繰り返す と始めの色順に戻る。
図1 3 列目 ループ数7本の場合
第1 操作で、右手操作指(小指)を左手薬指と中指のループに差し込み人さし指のループを取る。
この組み方は「人さし指操作で組む不正規組 織組紐の中で最も広く集録されている2種の組紐を小指操作で組む」場合に相当する(註7)。この2種類の組紐に は、ループを「開」移動して組むUO(oo)と「閉」移動のUO(cc)があるが、Saartaは「他の手の人さし指のループを取る」 と書いているだけなので、開・閉のいずれで取るのか判らない。「紐は表は編物(knitting)のように裏は組 みもの(braiding) のように見える」とあるので、 外観は第1法で組んだUO(oo)及びUO(cc)と同様の特徴を持っていることがわかる(註8)。
ルー プ指操作技法でUO(oo)を組む場合に、第1法、第2法のいずれを用いるかによってその形状が非常に異なること については、ロシア、オビ 河流域に住むハンティ民族の紐の分析に関連して本誌で触れたことがある(註9)。 また私が実験によって知ったところでは、第2法を使ってこの手順で表 は編物(knitting)のように、裏は組みもののように見える平組紐が組めるのは、下糸を掬い取る「閉」操作で組成される場合に限っている。つまり、Saartaの組み方で記述されているような外見を持つ紐は、移動ループの下糸を掬い取る「閉」 操作で組んだ UO(cc)に限るのである(註10)。
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以上の分析からフィンランドでは、小指操作によって、下糸を掬い取る「閉」操作を用いるUO(cc)組紐が組まれていると判断された。
同時にフィンランドでは第1法と第2法が合せ用いられていることが確認された。
原誌に掲載されている写真と左の本誌試作 例で比較した限りでは、このタイプの組紐であるとして矛盾しない。
(写真 本誌試作例)
上2本 5ル−プUO(cc)組紐 上面と下面 下糸を掬い取って移動
中2本 5ループUO(cc)組紐 上面と下面 上糸を引っ掛けてとって移動
下2本 7ループUO(oo)組紐
謝辞:本 稿の情報源入手及びその英訳をしていただいたMeeri Kaaretさんに感謝する。
古典 にみる「組」の周辺
小村真理
こ の論文において、戦国時代末期に成立したと思われる中国の古典に記される「組」に関する記述から、これを整え、用いた人々の心情に迫ろうと試みた(註11)。主に周から春秋、戦国、秦漢時代にかけての描写のうち、必ずしも「組」とは限らないが「綬」 「紃」「纂」「絲」「綖」「絰」 「綅」「緌」等、様々に表現される紐や糸、縁飾りにまつわる事柄が記される場面を検討した。例えば帷 幄、幕、筵の縁飾り等、武具のこと、また身に着ける冠綬などである。
日本古来の組紐製作技法についてはこれまでの考察から、古墳時代以来近世までみられるループ を用いて紐を製作する技法の由来は大陸に求められる。またその起源は『詩経』のうち2編の一節「執 轡如組(手綱を執ること組の如し)」の表すところでは、少なくとも周代に遡るものとの理解が可能である。
中国の古 典は組紐の製作とその背景を考え合わせるとき、実に興味深い内容を提示している。中国では印綬の制度が布かれた秦漢時代以前から、紐は帳の設営に、鎧や 冠、玉を始めとする佩びものを腰に下げるために重用されていた。多分に宗教的な意味合いを持つ場での実用の具といった存在が浮かび上がる。
湖北省荊州博物館所蔵の江陵馬山楚墓(8th c.~3rd c. B.C.)の出土品中のループ操作組紐技法で組まれたものと思われる「纚」組織の紐に関する部分は、前号に簡単ながら紹介されているので、ここでは割愛した。「纚」についてはすでにループ操作組紐技法を使って作られた組織の可能性が指摘されている(註12)。同技法がこれに先行する前 漢馬王堆一号漢墓出土品の製作技法に基本的に通ずるのではないかと言う指摘を、2007年11月に京都工芸繊維大学にて開催された国際組紐会議で口頭発表した(註13)。< /span>
1. 献上品としての「璣組」−真珠をつら ねた組−
『書経』「禹貢」では現在の湖南、湖北省の範囲におよぶ荊州からの献上品に、「真珠をつらね た組」(原文は「璣組」)が挙げられており彼の地で「組」が作られ ていると解釈できる。
養 蚕については他の州も生糸や山繭の糸を産し、加工品として文織りの絹地や錦を献上するが、「組」の記述があるのは荊州のみである。
2.さまざまな 調度品
「綴衣」−綬で綴る帷幄−
「玄 紛」−黒い縁飾りの紐−
「纂 (綦)組綺縞」
− 羅綺の幔帷に玉を結ぶ赤い組紐と五色の紐−
組 み紐の几帳は霧のように垂れこめ・・・と描かれ、かすかにその向こうが透けて見える風合いの生 地と推測される。
紐 の製作に関する表現
「執 轡如組」−手綱捌きが紐を組むようだ−
中国で最も古い詩歌集である詩経の成立は遅くとも紀元前4世紀半ばとされるが、その内容は周朝初期(紀元前12世 紀頃)のものから、東周に遷って後(紀元前770年)、春秋時代になってしばらくの間まで、およそ 前後数百年間に及ぶ。朝廷の祭礼や饗宴に奏せられた歌や各地方の民間の歌謡など300余篇が伝えら れる。このうち二編「邶風 簡兮」「鄭風 大叔于田」に「執轡如 組」が詠まれている。
黄河を挟んで南北に 位置する二地域の二篇に、全く同じ「執轡如組」という表現が使われる事は 意味が大きい。
「玄紞と紘綖」−婦人の手のわざ
『国語』「魯語(魯地方の記録)」には天子の后、諸侯の御台所、実際に紐を組んでいた女性た ちに関する貴重な記述もみられる。
女 性が自分の夫の衣料をそれぞれに仕立てていると述べられるが、『礼記』「内則」には、この状況を裏付ける記述がある。出土竹簡により『礼記』は戦国時代の 成立が確認されており、その内容は多方面に渡るが、支配階級の家庭で育つ女子には、幼いうちから麻や絹を用いて布を織ったり紐を組んだりする技術が伝習さ れていた状況が窺われる。すべてを製作するには繊維に関する多種多様な知識と技術が求められる。
3.武具に関す る表現
「朱 糸の縅」(註14)
周 代、各地の戦に赴く魯の兵士の鎧について詠まれる。貝で飾った冑が朱色の糸で威されているという。
「組 甲の車士三百人」『春秋左氏伝』は紀元前8世紀から5世紀にかけての東周魯国の年代記である『春秋』の注釈書である。
襄公(在位 前572−542年)の3年に楚の子重が呉を伐った事を記す。こ のとき「組甲の車士三百人と被練の歩卒三千人」を押し進めたとあり、既に紐で綿密に綴った鎧と、きれで粗雑に綴った甲があったと知られる。職掌により身に 纏う武具が明らかに異なると判る表現である。
周の文化を継承していると考えられる秦始皇帝兵馬俑には小札を赤い紐で綴ったよろいを纏った兵士が表現されている。
「束組三百緄 」
『戦 国策』は戦国時代の覇を競った国々の策略を記す。燕国第29代目の世主悼公(在位期間5年 前
454〜451年)のとき、第32 宋・衛の章には次のように 述べられる。
É 犀首(魏の官名・将軍職)が宋の邑、外黄を伐った折のこと、衛に立ち寄りひとをやって衛君にいわせた、「わが国の軍がお国の郊外を通るというのに、いまだ に挨拶に見えた一人のお使者もありません。ぶしつけながら、手前の落ち度をうかがわせていただきましょう。いまや、黄城は降ろうとしています。始末がつい たら、軍を移してお国の城下までまいるとしましょう。」
衛君はおそれ、束組三百緄・黄 金三百鎰を使者に持参させようとした。É
束組は束ねた組紐のこと、一緄は十束のことを指すという。当時、束ねた組紐を数えるための単位「緄」が存在し、これが軍を率いる将軍に差し出される陣中見舞いとあっては、鎧の威糸を指すので はないだろうかとの推測が可能である。
4.服装・服飾 に関する表現
「冠 緌纓」−冠を着けて紐を結ぶ
「衿 纓、綦履」−腰に香袋を着け履を紐で 足に結ぶ
『礼 記』「内則」は家庭内での作法を記す。
日々の身だしなみを整えるのに、「纓」は男子が冠を着ける時と、女子や子供が香袋を着ける時 に、そして「綦」は、誰もが履をはく時、結わえるのに使う紐の名称 である。
香袋が具体的にどのようなものであったかを示す 遺物は未詳だが、正倉院には香袋が遺され、こ れには様々な角組が縁飾りとして綴じ付けられている。
正 倉院宝物に、雑帯として記載のある細い紐は多いが、「纓」と記されてはいない。
『礼 記』「玉藻」より
「冠纓」
男子が始めて冠するには「緇布(赤黒く染めた麻布)の冠」とあるが、士以上は冠と纓は色の組 み合わせで位階、職掌を見分けたようである。
例えば「玄冠朱組の纓」は天子の冠、「緇布の冠に繢緌」は諸侯の冠、 「玄冠丹組の纓」は諸侯の斎冠(斎戒に用いる冠)であるという。
さ らに「玄冠綦組の纓」は士の斎冠、「縞冠に玄武」は子姓の冠、「縞 (白い絹の)冠に素紕(白い縁飾り)」は既祥(父母の3年の喪が明けた後の祭り)の冠とあり、時と 場合に応じて実に様々に使い分けられていたことが解る。
「並 紐約用組 三寸、長齊于帯」
− 大帯を締め括る組は幅三寸で帯と同じ長さ−
大帯も身分により素材や仕様が異なる。
そして、これには玉が欠かせない。
「凡 帯、必有佩玉」
−およそ大帯には必ず玉を佩びる。−
冠纓同様に身分に応じて玉と組綬の色の組み合わせは異なる。
「天子佩白玉而玄組 綬」以下、多様な組み合わせが記される。
5.祈念の具
「献 子以朱絲繋玉二カク」
− 赤紐にかけた二対の玉(註15)
襄公(在位前572−542年)の18年冬、諸侯ともども斉を伐つことに なった。中行献子(荀偃)は晋侯が斉を伐ち黄河を渡ろうとするとき朱絲に二対の 玉をかけ、これを供えて河の神に祈った。
河に玉を沈めて祈る という行為は、春秋中に散見される。組紐を使うとは限らないが、戦国時代 を通じて、神格化された河神への祈り、誓いに用いられていた玉に糸がかけられた様子が理解される。
6.降伏そして 自殺−頸にかけた組
秦漢時代を描写する古典には、それまでにはなかった独特の(印)綬の表現が随所に登場する。
そ の1「子嬰即系頸以組、白馬素車」(註16)
降服の印として、子嬰は白木の馬車に乗り頸に組をかけた。
そ の2「百越之君、俛首系頸、委命下吏」
百越の君主は、首をたれ頸を組でつないで降伏し、生命を刑獄の下吏にゆだねた。
そ の3「素車嬰組、奉其符璽、以帰帝者」
子嬰は降服の礼にしたがって、白木の車に乗り、組を頸にかけ、符璽を奉じて帝者(漢の高祖) に帰服した。
さ て、『史記』「秦始皇帝本紀第六」には組(綬)の象徴的な使われ方として、これを頸にかけ「降伏」と同時に「自殺」を意味することがしばしば描写される。 秦の子嬰も百越の君主も、降伏の意を表すのに組を頸にかけたとされる。 (ちなみに、頸に組をかけるとは、自殺しようとする意をあらわ す。白馬素車は喪に服している ときに使用する。昔は戦いに敗れると喪服を着用したので、その姿で降伏したのである。)
『漢 書』武五子伝
漢の武帝の子のうちの二人、燕刺王旦、広陵王胥は印の組紐で自分の首を絞めて死んだことが記される。
こ の組紐「綬」こそ、冠帯を着ける国にあって、天子への謀反や背任といった行為の果てに、自らを裁くに相応しいとされた道具であった。
一方「陛下は一寸四方の印と一丈二尺の組紐だけで国外を鎮撫し、一人の兵をも使わず、一本 の戟も折らずに恩威ならび行われることと相成ります。」とは
淮 南王劉安の武帝に対する上奏文にみられる言葉である。
7.印綬 秦 漢時代に官位を授かる場合には、官印を授かるのだがこれには長い「綬」が結ばれており、一端を腰に結び印は懐に入れておくという。冠や玉と同様、官位に よって印の材質と綬の色の組み合わせが異なり、官秩の順位を表す他、綬の長さも決められており、最上位は金印紫綬、以下金印緑綬、銀印青綬、銅印墨綬、銅 印黄綬などがあったという。後漢の制度では印に結ばれた綬の長さは4.6mと言われる。
こ の「綬」がどのようなものであったかについて、大庭脩は『続漢書』興服志、『東観漢記』をもとに、詳細な考察を行っている(註17)。
「そ の幅は、皆広尺六寸(漢尺は一尺約23cmなので一尺六寸は約37cm)」であり、色柄や長さは位によって異なる。最も短いものでも一丈五尺、約345cmはあったことが判る。
8. 「組」の定義
後漢時代、許慎によって編まれた字書『説文解字』
で は「組」の定義は以下のとおりである。
組、綬属。其小者以為纓也。「組」は綬のひとつであり、「綬」の細いものが冕につける「纓」であったと説かれる。「綬」 は印に、「纓」は冠に結ばれて、制度のなかに根付き継承された技術であった。
まとめ
「組」 にまつわる古典の内容から、中国では制度のうえで冠位・爵位を発達させていた秦漢時代に先立つ戦国時代にはこれが様々な場で用いられたことが読み取れた。 また、印綬の制度のなかでそれが政治的な意味を付与され、争いのなかで印綬の簒奪を手柄とするようになり、降伏の意思を表すのに組を頸に掛ける、といった 象徴的な使われ方が描かれるようになる。
古典に表れるこれらの 紐の実体を裏付けるために湖北省(江陵馬山一号楚墓、包山二号楚墓など)、湖南省(長砂馬王堆一号漢墓など)の出土品 の詳細な調査が期待される。
(編者後記 ブラウザによっては変換できず、スクリーン上で白函になってしま う漢字がでてくるが、PDFファイルに変換すると時間がかかり過ぎるなどの問題もでてくるので、敢えて.htmファイルで上纂することにした。全漢字を見 ることを希望される方は印刷版を編集部まで御請求下さい。)
中国四 川省に住む彝少数民族のループ組紐
依田章 子
彝族の針入れ紐
採集地: 中国四川省凉山彝族自治州昭覚に て、彝族の商人より入手。
針入れ: 骨製の角筒を通した羊毛製の組紐 に針をさしいれ、筒をスライドさせてカバーする。
この紐には5ループ指操作で組成した、2 畝平組紐2本同時打・角組・4畝平組紐の3種の手順が使われている。
青森県の日本の指操作技法伝承者の久米田さ んと同じく、組頭になるループの中央をまとめて括り、引っ張って(2畝平組紐)2本同時打で組み始めている。組み 始めの輪になった部分の外側の組目が「ハの字」になっているから、タイ国、インドネシアに見られる技法(掌上向き・小指操作)と同じ方法で組んだものと考 えられる。
第1 例(写真)は2畝平2本同時組の輪の部分が7 cm、続いて約20 cm の角組(4畝筒状組紐)、次にこれを2本の角組に分けて17 cm ほど組んである。ここで角組のそれぞれに同心円の模様を彫り込んだ角筒が通してある。筒を通した2本の角組は下端で一つに束ね、その先には自由端技法で 作ったと思われる直径2.5 cm、厚さ0.5 cm 程の円盤の飾りに続く。円盤から6本の堅撚り紐の房、約30 cm、が下がる。円盤の組成技法はマクラメの様なものであろうか、非常に堅くできていて分析できなかった。全長75 cm.
もう1点の紐で は、組始めの吊り下げる輪の部分は2畝平2本同時組で約6 cm、続いて約10 cmの4畝綾織組織平紐、次に、これを3本の角組に分けて約17 cm 組んでいる。その各々に第1例の紐と同じ模様を彫り込んだ角筒を通し、下端は羊角吉祥紋を両面にリヴァースアップリケした逆二等辺三角形の飾り布の上辺に
縫い込んである。三角形の下向きの2辺に約25cmの3枚の布の房飾りがつけられ、全長約62 cm。
イ族の女性はす らりとしていて背が高く、私だったら邪魔で仕方がないこの長さの紐をウエストから日常的にぶら下げ、出かけるときにはつけていく。(写真 盛装した少女)
自由端の紐には出会えても活きたループ操作の紐にはなかなか巡りあえないものです。
今でも針入れはくるぶし丈のプリーツスカー トのウエストに三角形のポシェットとセットで吊り下げて常時携行しているが、ループ組紐のもの見られなかった。
入手後にいくつかのイ族の村や街で実物を示 して訊ねたが、その存在すら知らない人が殆どだった。また、何冊かの資料中のイ族の服飾の写真にも同一の紐は見当たらなかったが、解説の中に針筒や針糸包 という表現が出てくるのがこの種の紐を指すのではないだろうか。
イ族と四川省凉山イ族自治州:
イ族は中国少数民族の中では第6位の人口 (約780万人:2000年現在)をもつグループで、
四川・貴州・雲南・湖南・広西壮族自治区、 さらにインドシナ半島北部の中国と国境を接する地域に分布している。
四川省凉山イ族自治州は、中華人民共和国成 立(1949年)後の1955〜58年にかけて共産党指導下で奴隷制度・家支(族長)制度が撤廃され、1978年に州都を西昌として成立した。
現在も「ピモ」「スニ」とよぶシャーマンが 存在するし、支配層・被支配層そして奴隷階層などの階層格差は、村での住み分けや日常生活からも追跡できる。
1,500~3,000 メートルの山地・高原・山間盆地に居住して、ソバ・オオムギ・トウモロコシ・ジャガイモなどを栽培し、ヤギ・ヒツジ・ブタ・ウシなどを飼育している。
女 性は筒袖右胸合わせの短丈の上着と3〜5色の布をはぎ合わせたくるぶし丈のプリーツスカート。袖口・首周り・身頃の縁は刺繍やアップリケなどの技法を用い て、羊角・波紋・太陽・虹などの伝統的図案で飾る。スカートの右横には、房飾り付の三角形ポシェットをさげている。ウールのマント(織り、フェルト、両方 重ねて刺し子の3種あり)を肩に掛ける。 ヘアースタイル・頭巾・帽子・ターバンなど頭飾りには地域差が大きい。
(依 田明子稿終り)
不正規組織組紐の組成法に起因する特 異性について
木下雅子
ルー プ操作組紐の中に、指操作法で組成される不正規組織組紐という独特の構造を持つ組紐群があることは本誌の読者は既に御存知であろう。指操作法以外の組紐技 法の発想からは通常は出てこない組成法を用いるために、紐の構造から技法がわかる可能性が高い珍しい例である。組紐の古資料、考古発掘資料などの組成技法 が確定できる可能性を含む事例として知られている。
ループ組紐はそのような学術研究にも意義ある存在として、その形態、構造 が正確に記録されていることが望ましい。その組紐群中で特にUO(oo)及びUO(cc)と本誌が仮称する2種の 組紐(註7)は、 従来第1法組成のケースのみが報告されてきたためもあって、組成法に基づく外観の変形についての記録並びに考察が 看過されてきたが、その情報が必要になってきている。
本稿はその要請に応じて、UO (oo)及びUO(cc)が指操作法の主要2組成法、即ち人さし指(外側指)で操作する第1法と小指(内側指)で操作する第2法のいずれを用いたか、更に そのそれぞれについて移動ループの取り方(上から引っ掛けるか下から掬い取るか)のいずれのループ移動法を使ったかによって紐の外観及び形状が異なること についての実験観察報告である。
UO 組紐は従来第1法組成のケースのみが報告されていたために、それ以外の組成法を使った場合に起る形状の相違に関しては認識が殆どなかった。従ってこれを古 資料などの比定の参照資料として供することに疑いを持つこともなかった。また第2法で組むケースについては提議する現実問題がなかった。しかし「可能性が あることは必ず発現する」の謂れの通り、南米コロンビアに住むワヒラインディアンが第1、第2の両法を使って不正規組織組紐を組成していることがわかっ た。(L-M BRIC ニュース第10号、2007)(註6)また、本号第1稿のフィンランドの第2 法を使う指操作技法でこの問題が思い掛けない一面で浮上した。これに対しては、2006年の実験に基づく観察に見られる事実を基に して手順の解説の不備をおぎない、主題組紐の組成法を推定することができ、この実験観察が実際に役に立つことがわかった。
UO 組紐を第2法で組むと、第1法組成のものとは外観が非常に違う紐になることに私が気付いたのは、1998年にシベリアに住むロシアの少数民族ハンティの衣 服についていた組紐の組成法として第1法、第2法のいずれが使われたかの考察に関連して、UO組紐を第2法で組んで見たときであった。(L-M BRIC ニュース第2号、1999)当時、これ等の組紐は、歴史記録、資料、また採録資料でも第1法を用いる地域からの報告に限られており、第 2法で組む可能性は看過されていた。
第2法組成のUO組紐資料は、知 る限りでは今でも出現を見ていないので理論的可能性に過ぎないが、現状に鑑みて考古学、歴史研究などの参照資料にできる情報を提供する時が来たように思 う。
本誌ではこの問題を理解するための参考資料として、2006 年秋の日本における木下の講習会の受講者にお願いして第1法と第2法を使ってUO組紐を組む実験を実行した。同じ構造の組紐が組み方によって異なる形状に なるということは組成される構造が不安定であることを意味するので、個人的な偏差を予防するために独立多数による同種実験を行ったのである。実験には5名 が応答し各自が自宅で作成した。さらに、偶然にもカリフォルニア州在住のIngrid Crickmoreさんからこの問題について独自に実験、観察した結果について問い合わせのメールがあった。(2007年9月)その結果を書面から理解す るところでは本誌の実験と同一結果がでており、本報告にもう一つ独立観測を加えることができた。膨大な染織分野の中の片隅にある組紐。そのなかでもこんな 目立たない詳細に関心を抱いて、試行し考えている人が外にもいることを知るのは嬉しい。
第1、 2法のいずれかを使い、ループ移動には「開」、「閉」それぞれ「下から掬う」と「上から引っ掛ける」の2方法のいずれかを使う。これで組んだ合計8種の UO(oo)、UO(cc)組紐をサンプル台帳に表裏の2面が見えるように貼付する。各人に計16本のサンプル片を木綿4合Z撚り糸を使って組んでもらっ た。
5人が組成した8種類の紐片を並べて見ると、 これまで素材やその時の手加減で異なったものかと思って見過してきた差異が、主として組成法に基づくものである ことが浮き彫りになった。また組み手による相違が時にはあることも明らかになった。糸の種類によって違う場合もあるが、詳しい調査は行っていない。
参考資料 第1,第2の2法で組成されるUO組紐に関するUO(oo)
実験結果観察 まとめ
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UO(OO)組紐の径路図
2畝平組紐と4畝平組紐がサンドイッチ式に重 なって中2畝で繋る構造の組紐。
左上図は第1法、右上図は第2法。共に移動ループの上糸を下から掬ってとる移動で組成。
第1法と第2法で組成すると外観が非常に異なるが、本質的には2畝及び4 畝の平組紐が重なって繋がった同じ構造であることを径路図にスケッチして見た。
写真は第1法及び第2法を使って 組成したUO(oo)とUO(cc)を移動ループの取り方別サンプルにして比較したものである。隣接する2本は、同一紐の上下面である。組 成中に上なる面を上面、下になる面を下面とする。
a. 第1法 上面 下面
b. 第2法 上面 下面
(第3法 上面 下面 試作せ ず)
I. UO(oo) 「上糸を下から掬うように取る」(図1)
a. 第1法
上面は4畝。上面の中2畝には下面を形成する 2畝組紐の要素が並行に且つ先行して同じ組目に組み込まれている。
下面は2畝で上面4畝と同幅。上 面の4畝組紐の外2畝が幅の外に少し覗いて縁取りになっている例と殆ど見えない例がある。2色ループと縁取りの効果をこの組紐に利用した有名な色柄デザイ ンから、はっきりとした縁取りがあるという印象を抱いていた筆者には意外な発見であった。
b. 第2法
第1法で組んだ例と同構造の組紐 とは考えられないほど異なる外観を持つ。
上面は盛り上がった中央の幅狭の2 畝組紐に下面の2畝組紐が左右の耳を縁取り、むしろ4畝立体組紐のように見える。しかしよく観察すると、中2畝の要素は交叉していないで、左右から引き寄 せられた畝が並んでいるに過ぎないことがわかる。これを押し広げて見ると、この2畝は通常のUO(oo)の上面の4畝平組紐の外2畝であり、中2畝が中に 包み込まれている。
下面は第1法の同組成法U (oo)に似た2畝平組紐の組織であるが、上面をなす組紐の要素が中央の交叉部分に覗く場合がある。
写真 II 移動ループの取り方別サンプル 組成法第1、第2比較
II. UO(oo) 移動ループの 下 糸を上から引っ掛けて取る場合
c. 第1法 上面 下面
d. 第2法 上面 下面
(第3法 上面 下面 試作せ ず)
II. UO(oo) 「下糸を上から引っ掛 けて取る」(図2)
c. 第1法
a例と殆ど同じに見える。組む時の上面はaと 同じで4畝。 中2畝には下面を形成する2畝組紐の要素が 並行に且つ先行して同じ組目に組み込まれている。
下面は耳に上面の外畝が縁取り、中2 畝が盛り上がっている4畝平紐のように見え。
d. 第2法
b と同様外観を持つ紐で、cには全然似ていない。
上面は盛り上がった中央の幅狭の2 畝組紐に下面の2畝組紐が左右の耳を縁取り、4畝組紐に見える。しかし中2畝の要素は交叉していないで、左右から引き寄せられた畝が並んでいるに過ぎない ことがわかる。これを押し広げて見ると、この2畝は第1法で組んだUO(cc)の上面の4畝平組紐の外2畝であり、中2畝が中に包み込まれている。
下面は第1法の同組成法U (oo)に似た2畝平組紐であるが、上面組織の要素が中央の交叉部分に覗く。
UO(cc)
UO (cc)では、
図右「下糸を下から掬うように 取る」 或は
図左「上糸を上から引っ掛けて取る」の2種の「閉」操作を行う。
同じ第2法を使って組んだUO(cc)組紐 が、移動ループの取り方で外観が異なったものになることを径路図にスケッチした。
UO(cc)の構造は2本の3畝平組紐が斜に 交叉するもので、UO(oo)とは全く異なる。
<>写真 III 移動ループの取り方別サンプル 第1法、第2法比較![]()
UO(cc) 「上糸を上から引っ掛けて取る」
e. 第1法 上面 下面
f. 第2法 上面 下面
(第3法 上面 下面 試作せ ず)
III. UO(cc) 上糸を上か ら引っ掛けて取る場合(図3)
上面が4畝平組紐、下面が2畝平 紐の2層構造のUO(oo)によく似た組紐にであるが、実は斜に交叉する2本の組紐が組み合わされてできている。 UO(oo)とは逆に上面は幾分か丸みを帯びており、下面は平たい。それ以外では色柄に基づく相違が見えない限りはUO(oo)に見違えるほどに良く似て いる。
但し、上面の外畝が中の方に引かれている傾向が見える紐が1例、次例fと同じ様に上面外畝が左右から引き寄せられて中2畝になっている例が1例ある。
- 第2法
この場合は、上面は第2法組成の UO(oo)に似た紐になる。中2畝は左右から引き寄せられたもので、押し広げるて見ると、中2畝と見えたのは第1法組成のUO(cc)の上面の外2畝に あたるものであり中2畝が包み込まれている。
下面は第1法組成のUO(cc) では2畝組織であるが、第2法組成ではその2畝を形成する2越組目の下に埋もれている上面要素の1越の畝が表面に現れ、複雑な様相を呈する。
(写 真 IV 移動ループの取り方別サンプル 第1法、第2法比較)
UO(cc) 「下糸を下から掬うように取る」
- 第1法 上面 下面
- 第2法 上面 下面
(第3法 上面 下面 ブラン ク))
IV. UO(cc) 下糸を下から掬うように取る場合(図4)
g. 第1法
II-c(UO(oo) 第1法「下糸を上か ら引っ掛けて取る」)に良く似た、上面は平らな4平紐、下面は両耳に上面の外畝が覗いて中高の4畝平紐の外観を呈するが、構造は3畝平組紐が2本交叉組み 合わされたものである。
iv. 第2法
このUO(cc) は、上記 g(UO(cc) 第1法「下糸を下から掬うように取る」)の組紐と表も裏も同一と見える組紐になる。
すなわち、第2法で第1法 と同じ紐が組めるのは、「下糸を下から掬うように取る」操作で組んだUO(cc)のみということになる。
Crickmoreさんの実験では、ケースe で耳が内側に引かれる少数派と同じ結果が出ている。但し、全部で7例の実験中「耳が内側に引かれる」ケースが3例では、少数派とは言えない。更なる試行が 必要であろう。それ以外は以上の結果と一致する。
観察報告まとめ
UO 組紐は第1法手順とそれに対応する第2法手順で組成したものでは、構造は同一であるにもかかわらず、外観が非常に異なる。例外は下糸を下から掬うように 取ったUO(cc)で、これだけが第2法組成の組紐が第1法組成の組紐と外観も含めて一致する。更に上糸を上から引っ掛けて取った第1法UO(cc)には 第2法組成の例と同形になる例があった。
こ こでは、「不正規組織組紐の組成法に起因する特異性について」の観察報告に基づく、その原因についての推量は控える。一寸見にわかる解答は考えられるが、 それらは更に微妙な、関連があると思われる問題に対しての解答を与えてくれないからである。さらに詳しい組織分析に基づく考察が求められる。
ここでは、考古発掘、古史料等の発見組紐の技法同定の参照用資料として不 正規組織組 紐を用いる場合の注意事項として、この紐が第1法と第2法のいずれで組成されたによって非常に異なる外観を持つこ とを報告するものである。また、この報告はUO組紐資料の組成法が第1、第2のいずれであったかの区別に利用できる。2法の世界的な分布パター ンを知る目的からは一つの有力な目印である。
謝辞:実験協力者(敬称略)、Ingrid Crickmore、春日弘子、川辺千佳代、佐藤春子、角浦節子、竹下信子の皆さんに感謝する。
日下部啓子
組紐を楽しむ子供たち< /p>
この数年、私の居住する宇都宮市より市主催のイべントや学校の総合学習等で組紐の指導に出掛ける機会をいただいております。また時折主婦のグループに招か れることもあります。参加者の希望で子供、大人を問わず、携帯電話のストラップを制作することが多いのですが、特に小・中学生の間では、近年のサッカー ブームと携帯電話の普及を反映してかミサンガ(別名プロミスリング)とストラップ、そしてアンクレットが組紐で作りたい作品のベスト3に入っているようで す。
私はここでループ操作やループ状にしない裁ち切った糸を4〜8 本使用した指組みによる紐の組法を紹介しています。通常糸は、木枠に巻いて20色程を持参します。小・中学生の場合は、木綿の市販糸(直径1ミリ程度)を 用いますが、大人のクラスの場合は、私が植物で染めた絹糸の太目のより糸(より糸1本あたり12合の太さ)を使用します。
色 選びやその組み合わせで悩んだり、相談したりで組み始める前に多少時間がかかりますが、一方では楽しい一時でもあります。好みの糸を束ねてクランプまたは セロテープで固定し、組みの作業を始めます。大抵の場合初回は、子供向けには、3つ組(ループ3本、または裁ち切りの糸の場合は5〜6本)、大人には、一 般的な3つまたは4つ組の他それらの変形組みから始めます。というのは、3つ組と4つ組みは、組紐の原型であり基本の組法でもあるからです。
宇都宮市立宝木中学校では、毎年総合学習の授業の一環として、地域の伝統 工芸に関わる人々を「講師」として招き、生徒たちに伝統工芸のものづくりを体験させる学習を実施しています。
私は、ここの3年生に組紐を紹介するために伺っています。
生 徒達は、組紐がどういうものなのかほとんど知らない年代ですので、組紐の知識のある学校の先生方や父兄が仲立ちをして組紐の情報を知らせてくださっていま す。ただ組紐を知っている大人でも織、編、組の違いを明確に認識されていることはあまりなく、また組紐は組台を使ってしか制作できないと思っている方が意 外と多いことに驚かされます。
学 校の規模になりますと参加者が30〜40名となり、組台を用意することには限度があります。また時間的な制約もありますので、糸を固定するクランプやセロ テープ、糸を切る鋏を用意する程度で組紐が体験できしかも早く紐が仕上がる指操作の組法は、この状況に適していると考え、さらに台組でない組紐もあること を知らせることも兼ねて、学校に限らず大勢が参加する催しには、専らこの方法を採用しています。
私 の持ち時間は年一回の約2時間半ですが、生徒達は指導担当先生の下、前もってインターネット、文献等で組紐の知識を得、私への組紐に関する質問を考え、ど のような手順で学習を進めて行くか等も話し合い、学習における役割分担、例えば組紐指導の依頼の電話を私の自宅にかける係、学校内での私への案内係、質問 者の選定等を決めているようです。生徒の中には作りたい紐をイメージして学習当日ビーズを持参し、それを紐と一緒に組み込む生徒もいます。
話 が逸れますが、つい先日文部科学省が総合学習の時間削減を検討する方針を打ち出しました。総合学習の理念が父兄・教師に理解されず、授業に生かされないと いう理由からなのですが、総合学習授業の見直しが現実化しています。しかし当中学校の総合学習に関しては、それ自体良い企画と意図を持っていて、有効に機 能しているのではないかと感じています。授業が生き生きとしたものになるかならないか、あるいは生徒の学習にとって効果があるかないかはその運用の仕方に 問題があるのではないかというのが私の個人的な感想で、総合学習がゆとり教育、悪く言えばゆるみ教育の代名詞のようになっていることに違和感を覚えます。
手前味噌的な言い方をしてしまいましたが、話を元に戻しまして彼らの制作したい作品は、ミサンガなのですが学校では腕に巻かれた紐が目立つという理由から その着用を禁止しており、ミサンガをつくることはできません。従って同じく人気のあるストラップを作ることが自然の流れとなります。
生徒の中には、ループ組を「綾取り」の感覚で捉えている子もいて、ルー プを持つ手のひらを平らにして上に向け、片方の手の指で糸を掬うという光景が往々にして見られます。呑み込みの良い子は、早く仕上げて2本目に挑戦した り、他の生徒に教えたりもします。
多 人数のクラスともなれば、組みの手つきがリズミカルで、結果としてとても良い紐を作る子が必ずいますし、私自身の色彩の固定概念を打ち砕くような素晴らし い配色を発見することもでき、生徒達から学ぶことは多々あります。生徒間では、従来の「男色」や「女色」の区別が余りなく、男子生徒がピンクや赤を、女子 生徒が渋い色目を好む色彩の傾向もみられます。
ストラップの仕上げは、キットの金具部分に完成した25〜30cm の紐を通し、その紐を日本の伝統の飾り結び、例えばつゆ結びや叶結びで安定させ、かつ紐全体にふくらみを持たせます。この時つゆ結びには、中国では「つ ゆ」が魚や龍の鱗を表しその鱗が体を保護することから転じて厄除けの意味があること、叶結びには願いが叶う意味が込められていてこの結びの表と裏で現れる 漢字の「口」と「十」で「叶」の合字になることも説明しますと、彼らは、一層自作の紐に対する愛着を持つようです。
前述のとおりミサンガは、学校では着用禁止となっていますので(アンクレットはスラックスの下に隠れるので許可されています。)、家で自分に、兄弟に、友 達にとミサンガを作って学校の外で楽しみたいという声も聞かれます。このことは、私にとって彼らが組紐に興味を持った一つの証しとして受け止めることがで き、組紐に興味を持たせるという私の当初の目的が達成されたうれしさを感じる時でもあります。
後日届けられる彼らの礼状には、出来上がったストラップを携帯電話のみな らずスポーツバッグやペンケースの飾りとしてあるいはキーホルダーとして早速使用しているという旨が書かれてあり、その使用法は多岐にわたります。
組紐は、難しいもの、種々の道具が要るものとして特に大人の間では、近 づき難い存在として受け止められているようですが、私が出合った子供達を見る限りその概念は皆無に近いようです。この点で彼らにとって組紐は、身近で親し みやすいものになっています。
日 本の組紐は、縄文時代に遡る歴史があり各時代を経てさまざまな形で発展し今日に至っていること、神社・仏閣に限らず、和服の世界にも数多く見出せること、 日本の組紐は世界に誇れる精緻で美的な伝統工芸品であること等をできるだけ彼らに話しておりますが、日常の生活の中で折に触れ組紐に親しみ、かつ自分で作 ることで組紐にまず興味を持ち、そしてその興味を持続してゆこうという気持ちが彼らの中に芽生えてくることを願って止みません。さらに日本の歴史や文化を 組紐という別の角度から眺め、物づくりの楽しさを味わい、かつ集中力や色彩感覚を養いつつ、創造力を駆使して独創的な紐を考案し、それを世界に発信できる ような活動をしてくれればという大それた期待を洋洋とした未来を生きる子供達に抱くと同時に、組紐を紹介し普及させる糸口になる機会に浴していることに感 謝しております。
(木村由利子氏稿終り)
イ ラストL-M 指操作 組紐技法解説シリーズ no. 11
7 本より多数のループを使う不正規組織組紐の組み方 Ingrid Crickmore
これはたまたま、民俗的に伝えられたループ 操作組紐を知っている人にであったときに、記録を取るための要点のリストです。記録が取れたらセンターまでお知らせ下さい。
またこれだけの記録が撮れなくても構いませ ん。 ループ操作組紐にであったことだけでも結構です。お知らせ下さい。
ループ操作組紐技法関係の活動
予 告:2008年1月より 2009年3月まで
・ 国際会議 小村真理、Braids Excavated from the Chu Cemetery at Baoshan, China, The Fourth Worldwide Conference of SEAA, 2-5, June 2008, Beijing, P. R. China.
・ 講習会、研究会等:
「ク テ打による日本古組紐復元研究会(古復研)」
2006年1月に発足した「クテ打による日本古代中世組紐復元研究会」引き続き研鑽を重ねている。2008年度(第3期)は 第1−2回研究会で正倉院の角組を一応終了し、整組織平組紐の調査を始める予定。会場:国際奈良学セミナーハウス 期日:2/24, 4/27, 6/22, 8/24, 10/26, 11/30(会員制)。
ルー プ組紐技法関係2007年度の活動:2007年1月より 2008年3月まで
・組 紐国際会議 京都工芸 繊維大学伝統みらい研究センター主催で開催 (2007年11月12-16日):丸台、高 台、唐組台、ハマナカディスク、ペルー、中国苗族の手法、ループ組紐などの講習、実演、展示、見学ツアーなど、世界の多国からの参加者を得て、盛会であっ た。ループ組紐関係では 基調講演:木下雅子/ 目で見るループ組紐の歴史 展示:世界ループ操作組紐分布地図 研究発表:小村真理/包山楚墓出土の組紐について;木下雅子/ル−プ組紐世界分布地図:ス ライドショー:河田泰之/L-M組紐グループの活動;作品展示:宮崎明子/飾り結び;講習:木下雅子(トルマッシュ技法入門・クテ打入門・クテ打次の段 階・他2コース) 実演:石川光子、春日弘子、川辺千佳代、角浦節子。・ 講演会: 木下雅子、栃 木県大田原市黒羽芭蕉の館 文化講演「黒羽藩主大関増業の遺産 日本の組紐古法」 11/23/2007。
・出版物: 第一回国際組紐会議公式資料集 Space, Time and Braid,
<>日本国内 連絡先: 多田牧子 191-0032 東京都日野市三沢 2-6-44-203 電話042-592-7767, Fax: 042-593-3204、e-mail : books[@]texte.co.jp 日本以外の連絡先:Posie Price, 29 Carston Grove, Calcot, Reading, Berks, RG31 7ZN, UK. 価格(英ポンド)20.00 +送料 2.00 (UK), 3.00 (ヨーロッパ), 其の他 3.00(船便)又は5.50(航空便)Paypal 使用可能 送り先住所ラベル同封のこと sjessett[at]hotmail.com 世界中に広がって躍進する組紐、日本国内でも負けない多角な発展を見せる組紐の現状が見渡せる。ループ 組紐関係では、河田泰之、木下雅子、小村真理が寄稿している。小村真理「古典にみる「組」の周 辺と楚の組紐」元興寺文化財研究所創立40周年 記念論文集 編集(財)元興寺文化財研究所 元興 寺文化財研究所民俗文化財保存会 2007.
Ingrid Crickmore, 長い紐の組むためのロー・テク解決法,Braid Society ニュースレター2007年12月号 9 p.; ループの余分の長さを鎖編みして短くする。この「芋虫」をぶら下げて組む訳だが、それほど邪魔にならないで組めるとのこと。組み進むにつれて適当にほど いてループの長さを調節する。・ 展覧会等:川辺千佳代、依田章子、「ループ組紐サンプルと写真資 料」2008/3/19〜23、2007/3/2〜4 堺市都市緑化センター; 2007/4/16〜27 近畿中国森林管理局「ループ組紐サンプルと依田章子収集品」、展示 と体験実習。 多田牧子、「シリーズÒ創る(5) 伝統の美と先端技術、2008/1/17~3/4、日本女子大学成瀬記念館、会期中ワークショップがあった。クテ打作品が多数展示されている。
・講習 会・実演・体験会など:川辺千佳代 上記の展覧会にともなう行事として、体験実習。加古千恵子 兵 庫県立考古博物館(兵庫県加古郡播磨町)常設ループ組紐体験教室が設立された。連日賑わっているとのこと。木村由利子 宇都宮市立宝木小学校、綜合学習教科の一部として:木下雅子講習会: クテ打基礎技法3日講習会、9/27, 10/4, 10/11、和光市; 組紐基礎理論2日講習会、10/28-29、奈良市。河田泰之 1. 小学生への普及 泉南市埋蔵文化財センター 3年生103名(後日クラスで流行したそうです)5/11、2. 学校職員への普及 泉南市教員研修会 20名 (男の先生が意外と熱中してました)8/1、3. 地域住民への普及「地区ふれあいまつり」での体験教室 多数(数え切れないほどの人気でし た!タダだったこともありますがÉ)10/25、6年生92名(たった15分の体験でしたが「もう一本したい」との声がチラホラ)11/3、泉南市埋蔵文 化財センター主催の体験教室 20名(定員の3倍もの応募がありました); 11/23 木下雅子、大田原市黒羽芭蕉の館 文化講演会にともなう半日実習「クテ打指操作技法」.
l−m 技法関係の御活動をお知らせください。
今年度も、多数の人達から情報を頂いた。又技法の拡張に工夫をしている人からの寄稿があったことも嬉しい。ボ ランティアの人たちの熱意によって講習会、実 演、体験などのプログラムなどを通して技法が徐々に広まっている事は頼もしい限りである。報告者、ボランティアの方々に厚く感謝する。謝辞:寄稿 - I. Clickmore、木村由利子、日下部啓子、依田章子様;フィンランドの文献の入手、翻訳協力 - M. Kaaret様、UO組紐の実験ボランティア - 川辺千佳代、春日弘子、佐藤春子、角浦節子、竹下信子様;協力献金 - 相原日出子、日根孝子、亀井三枝子、川辺千佳代、R. Ward、依田章子様;渡部順子様より新茶。ほかメール、手紙を頂いた読者の皆様に感謝する。
L-M BRIC News はループ 操作組紐技法の知識と理解を広ろめるために、10 年間無料で配付してきた。年々集まってくる情報の量が増えて、印刷版の限られた頁数に収める事が困難になったので、2007年以後は日英両語版共インター ネット出版に切り替えた。なお印刷版の希望者は編集者まで希望をお知らせいただけば、インターネット版から印刷して郵送(無料)します。
御理解者のカンパは歓迎します。*送付先:´ カンパ振替口座番号 00360 3 2586 名義人木下雅子、$カンパはチェックで Masako Kinoshita, 5 Winthrop Place, Ithaca, NY, 14850, USA.