L-M BRIC NEWS
青銅器時代のループ技法組成の組紐が出土!?
テキスタイル考古学ニュース=ATN(no. 16, 9-10頁, 1993)に イスラエル・ティムナのエジプト第19王朝時代(紀元前14-12 世紀 )の銅採鉱精練場第 30 号跡から「羊毛、山羊毛混紡糸を使ったループ5本のループ組みの紐」が出土したとO.シャミールと A. バジンスキー(1)が報告していると C. プリースト・ドーマンさんから知らせがあった(2)。
ループ操作技法の起源は古いものであろうとは考えていたが、そこまで遡る資料が見つかるとは予想し ていなかった。かねてから壁絵、壁画、ギリシャの絵壺な どに残っていないかと目を光らせていたが、いまだ対面したことがなかった。しかもこれは紐自身の出現である!
写真 ティムナ出土組紐残欠
Moshe Cohen 撮影
も しこれが確立されれば、ループ操作組紐技法史研究の大発見の一つである。
精練場跡第 30 号のあるティムナ(元 Wadi Menei'jeh)は、死海から紅海北端のアラバ湾に繋がるアラバ渓谷の中にある。そこに散在する銅鉱山址は古代遺跡として古くから知られていた。 1930-40年代に著名な聖書考古学者 N. グリュック博士がソロモン王の鉱山であると比定して以来それが定説になリ、観光ルートにもなっていた。しかしベノ・ローテンベルグ博士の 1964-69 年にわたる発掘と科学的調査によって、定説を支える根拠がないことが明らかになった。遺跡がソロモン王を遥に遡るものとする新説は、発表の初期には強い反 論にであったが、1969 年にエジプトの Hathor 女神 を祀る神殿が発掘され、銘文からエジプト新王朝時代のものであることが確立された(3)。ちなみに、ローテンベルグのティムナにおける研究は現代冶金考古学の嚆矢と なったもので、現在も続行されている。(www.ucl.uk/iams)
ATN に発表されたのは、『ティムナのエジプト採鉱神殿』に続いて出版が予定されている採鉱精練作業場発掘に関する単行本のために書かれた報告の概要である。著 者等はローテンベルグの依頼のより、1974-6 年間に行われたティムナ銅鉱精練場第 30 号祉発掘で出土した紀元前14世紀後葉から同12世紀中葉のものとされるテキスタイルを調査した。
出土繊維製品は全てこの地で労働に携わっていた人々の日用品と思われる、織物残欠 76 点、織跡がついた陶器破片 28 点、かご類残欠 3 点、紐、綱残欠87 点、組紐残欠 1 点である。紐の素材は羊毛と山羊毛の混紡 S3Z 糸である(写真1)。
著者等は、Elsa E. Gudjonsson の論文「アイスランドのループ組紐技法組成の帯 Krfuld Bond」(4)とシュパイザーの The Manual of Braiding(5)に記載される不正規組織組紐 UO #1 手順に従って故A. Tidhar が試作した紐と資料を比較、これが「5本のループを使って器具を使わないで組む技法で組成された組紐」であると比定した。この過程において、著者等が既に この資料が普通の組紐と異なる組織を持っていることに気付いていなければ、この様な比較は行われなかったであろう。しかし残念なことには報告には結論に到 る著者等の検証の過程が記述されていないために、第三者が検討することができない。たしかにティムナの銅生産工業に関する膨大な考古発掘報告書は1本の紐 の技法の比定過程を報告する場ではないであろう。しかし繊維技術史の立場から、ループ操作組紐技法が紀元前14−12世紀に既に用いられていたことを示す 資料には、その発見に到る経過の記録が残されるべきであると本センターでは考えた。
以下にローテンベルグ、シャミール、ベギンスキー氏等の協力と許可を得て、更にバジンスキー、シャミール両氏の依頼により、提供された資料を基にした本 ニュースの検討を報告する。責任は本ニュースのものである。
提供された写真から資料が非常によい状態で出土し保存されていることがわかる。この写真から要素数を確認するの は難しいが、紐の両端の切れ端の状態から ループ数 5 (要素数10)としたB、S 両氏の観測に間違いはないだろう。ただし、糸端はループにはなっていないから、観測した要素数10を任意にループ数5に置き換えたものであろう。写真では 綾織組織の丸紐とも平紐とも見えるが、外2畝が丸紐の場合のように裏側で繋がっているとは限らない状態に見える。中2畝の盛り上がり方が、ループ指操作組 紐のホールマーク不正規組織組紐 UO #1 を組んでいるときに下側になる面(表)の特徴に似ている (6)。しかし残念ながら、もう一面の、UO #1紐ならば組んでいるときに上側になる「組目が短く平らな4畝」の面(裏)の写真がないために肝心のところが不明である。
不正規組織組紐の名称の由縁は、UO #1、#2と木下が仮に名付けているループ指操作法では簡単に組めて、この技法が用いられているところには必ず見られるが、他の技法では組みにくく、その 発想にはない組紐にある。紐の2 面が見た目にも異なる組織になっているのが特徴で、逆にそれがループ指操作で組成されたことの目印になるのである。一般に、組み組織では1面のみの観察で 裁断を下すのは危険であり、たとえ表裏2面の組織を見ても、更にその構造がわかっても組成法は断定し難い。不正規組織組紐に限りその 特徴のある2 面の組織によってループ操作技法が使われたことがわかるのである。
UO #1 の裏面の写真はシャミールから提供される予定であるが本号には間に合わなかったため、現状としては資料の写真に見える面の状態から資料が不正規組織組紐 UO #1 である可能性は高いと言う判断に留めておこう。写真観察では往々見たいものが見える誤謬が伴うことがあるので、慎重を期することにする。
さて、この紐がUO #1であったとして、作ったのは誰であろう。資料はエジプトの勢力がこの地に及んだ時代のものであリ、神殿の存在はティムナにおける鉱江業がエジプト人の 企業であったことを証明した。神殿は元来エジプトのハトール女神を祀るをために建てられたものが、当時北西アラビアに住んでいたメディア人の祭祀場になっ ていた。メディア人はモーゼの舅がその長老がであったと伝えられているなど史上に残る民族であるが、ローゼンベルグの発掘により始めてその高度に発達した 文化が垣間見られたのである。この紐も精練場で働いていたメディア人の文化を伝える一例かもしれない。いずれにしてもこの技法が当時両民族間で共に既知の ものでなかったとすれば、ここで共有する技術になったに違いない。
新資料発見! 中世片表亀甲組紐の組み方
小村真理(7)< /small>青森県八戸市の櫛引八幡宮所蔵国宝赤糸威大鎧(南北朝時代)と重文白糸威肩赤胴 丸(室町前期)の2002年の調査で、クテ打片表亀甲組紐組成法の第2法で組成されたものとみられる資料(大鎧の耳糸の残欠及び胴丸の繰締緒と耳糸)を見 出した(8)。
胴丸の繰締緒は亀甲組紐の幅にして使われていたものであるにも拘わらず中心軸に沿って走る溝がある。
耳糸残欠では二つに折り曲げて威してあった折れ目に沿って深い溝跡が残っている。
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< /font>小 村真理撮影 2003
写真 胴丸耳糸の残欠 左ー裏 溝がある側 右ー亀甲文がある側
始めにこのことに気がついたのは、たまたま折れ曲がった残欠を一寸押してみたら内に曲がろうとする力が働いているかのように抵抗が強かったからである。平 たく組んだ紐を二つに折り曲げて威したためについた跡というよりは、片表亀甲組を二つに折り曲げた状態で組む組成法、即ち片表亀甲組紐組成法として考えら れる 3 法中の第2法で組まれたと考する方が妥当ではないかと思えた。
さらに発見資料は表と裏の両耳畝4筋の越数が同数である。これはクテ打の4層構造組成法で組成した紐に特有の特徴 で、第1法、第2法で組成された片表亀甲 に必ずみられる。
以上の観測からこれ等の片表亀甲組紐は第2法で組成されたものと同定した。
1990 年代以降、中世期の片表亀甲文組紐資料には第2法が使われた可能性も考慮して調査されているが、その特徴が見られる資料はなかったとされており、櫛引八幡 宮の資料が初出である(9)。
柄を構成する単位が南北朝の大鎧では9、室町前期の胴丸では7と時を経て簡略化されている様子が伺われ、技術の遷移を示す資料としても貴重である。
中世期の組紐を通してクテ打の可能性が驚くばかりに積極的に追及されていることがわかるが、この紐の組成法でも古の組み職人対する脱帽の思いを深めるばか りである。(小村稿終)
編集者補注
クテ打とは、世界中に散在するループ操作組紐技法の中で、日本で古代から用いられており、細々とではあるが現在も伝承されている手組紐技法に対して木下雅 子がつけた名称である。
日本ではループを指に掛けて持ち「掌上向きで小指か薬指を操作指」とする「指操作法」の第2法 (10)と、手に並べて掛けて組む「手操作法」の両者が併用されていた。共に道具の助けを 借りない「徒手」の技法である。両法が並び使われていた例は他文化では見出されていない。
古墳時代の出土資料、正倉院宝物の組紐などから上古、古代には指操作法が使用されていたことがわかり、手操作法は歴史的資料、特に甲冑に残る威毛などの組 紐から平安後期に大きな展開を遂げ、鎌倉時代に更に発達したことが伺われる。手操作法は指操作法から日本で独自に発展したものであろうと木下は考えてい る。
指操作技法の記録は絵画資料しかないが、技法を伝承している人が数人見つり、それによって日本における指操作技法の実態がわかった。世界にみられる指操作 技法のうちで主として東洋に分布する方法(第2法)に属する。
手操作法を日本で現在伝承する人は見つかっていないが、江戸後期の記録「秘伝糸組」を木下雅子が解読復元した(11)。これには平安期以来の甲冑に用いられている組紐を組成する手順の大多数が含まれ ている。更に両面亀甲組紐その他の平安鎌倉期以来の組紐遺品がこの技法を基にして発展した組み方で組めることも木下により系統的に解明され、これが江戸期 以前の日本の伝統的組紐技法の主流であったことが明らかになった(12)。
「秘伝糸組」から復元された手順は、
a.「四角2本打」という角組が2本繋がってできる矩形断面の組紐(2連角組) (図1a)、
b.「四角2筋分かり出来る」手順(「四角2本同時打」と木下が命名 (図1b)
など全部で9種類である。
その組成機構の特徴は、例えば四角2本打では、長辺の側を縦向きに、つまり4層構造に組成することである。でき上がった紐は組成時にどちらを向いていたか は関係しないから、四角2本打は、丸台で2本の角組を横に繋いで組む現在の
c. 御岳組(2層構造2連角組)(図1c)
と構造の基本は同じである。
中世期の組紐遺品には組紐を4層構造に組成するクテ打の機構を使いそれを横繋ぎにする 構想でデザインされているものが多数ある。
2人で並んで連結すれば中尊寺蔵藤原秀衡棺中の紐などに代表される「4層構造4連角組」
(図1d、及び写真上 4層構造多連角組模作試料)
3人で連結すれば大阪市四天王寺蔵伝聖徳太子懸守の紐など
(4層構造6連角組)(図1e、及び同写真中2例)、
更に4人組みで両面亀甲組(図2f、及び同写真下)が組める。
この様に考えれば構造と文様の段階的な発展径路も明らかになる。
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写真< /font> 4層構造多連角 模 作試料4例 上から 中尊寺蔵藤原秀衡館中の紐、
大阪四天王寺蔵伝聖徳太子懸守の紐7色柄、同13色柄
熊野速玉大社蔵両面亀甲の紐 木下雅子作・撮影 1985
亀甲文様組紐には文様が紐の長方形断面の長辺2面にある両面亀甲組紐と片面のみにある所謂片表亀甲組紐がある。前 者は分厚い紐で、構造は4層構造8連角組 である。これに対して後者はその半分の厚さ、2層構造4連角組である(13)。 共に鎌倉期のものとされる資料があり、その頃に開発されたものと考えられている。
片表亀甲組の第2法は、イラスト L-M 組紐技法入門シリーズ No. 7 に解説するように、「4層構造4連角組」手順のバリエー ションである。鎌倉時代の遺品に外見は全く異なるがこの構想に基づく数種のバリエーションで組成できる組紐があり、これら一連のバリエーションは鎌倉時代 に開発されたものと考えられる。
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片表亀甲の組み方第2法のバリエーションで組んだ 模作試料< /font> 例< br> 奈良西大寺蔵重文大神宮御正体厨子羯磨文様錦戸帳の釣紐、
知恩院蔵伝教大師立像内納入の組紐
木下雅子作 1992
従来行われてきた台組みに基づく中世組紐の組成法の研究では、その手順の複雑さを技法発達の尺度として喧伝されてきたが、これは方法論が適応しない技法を 使ったための煩雑さに過ぎなかったので、クテ打を使えば非常にすっきりとした手順で組めるのである。
スイス、シオンのヴァレリア城館蔵レリック小袋についている組紐の調査報告
ジョイ・ボウトルプ < /font>概観
1970年代にスイス国内の教会や僧院が所蔵する中世テキスタイル遺品をアベック財団で集めて保存処置を行った。 その結果はB. シュメディングの編集で膨大なカタログとしてアベック財団から出版されている(14)。
カタログには全てのレリック小袋が白黒写真と数点のカラー写真で掲載されており、袋の口の締め紐、提げ手などに使われている組紐を見ることができる。組紐 については解説も付かず調査もされていないが、写真を検討してこの中の幾つかはループ操作で組んだものではないかと考えるに到った。
ノエミ・シュパイザーとその可能性を話し合い、組紐がついている小袋10個を所蔵するシオンのヴァレリア城館に2人で組紐驗索小旅行を試みた。
現状
ヴァレリアの小袋はガラスカバー付きの大きな引出しの中に固定して保存されていた。巾は 4 mm から 7 mm まで。詳細を見るには拡大鏡が必要である。
ガラスカバーを外して、人工光やフラッシュなしでならば写真を撮ってもよいと許可された。観測は現場では難しかったので、写真に頼った。
組紐技法
シュメディングによるカタログに見える小袋の数件は、不正規組織組紐の特徴を持つ。その中の幾つかは組成法の詳細が最近明らかにされたばかりのもので、特 に私の関心をそそった。
というのは、
2002 年の秋に、私とK. ジョハンセンの2人は、(デンマーク)王立コレクション中にある17世紀のデンマーク王フレデリックIII世の衣裳についているボタン掛けの組紐が不正規 組織ループ組紐の特殊なバリエーションであることを検証した(15)。このボタン掛けと、ス エーデンのダラルマで少なくとも1937 年頃には伝承されていたループ指操作技法 3 人組で組んだ組紐の写真を比較し、この組紐が同一組織であることを比定した。デンマークで17世紀にループ操作技法が用いられていたことが始めて証明され たのである(16)。
この手法では組み手それぞれが5本のループを持ち3人で共同組成する。組み手間でル−プを交換するときに一方の ループを半回転ねじって、組織に長い「浮 き」ができるのを防いでいることが特徴である。
この種の組紐には見た目にもわかる特徴があるので、13-15 世紀のレリック小袋の写真の観察を通して、少なくともベルギーのトンゲレン寺院にある7点(17)及びスイス・シオンの城館で蔵するもののうちの2点(18) が、同じ手法を使った2人組みのものであろうとみてい る。
組紐の種類
提げ手に使われている組紐の種類
1. ループ数 6 の不正規組織組紐がついている袋 3 無地紐 1 、6 色紐 2
2. 2 人組交換ループを捻って連結する手法の不正規組織組紐がついている袋2
3. 筒状紐か捩れた不正規組織組紐か構造不明の紐1 ループ組成の可能性あり
4. 要素数4の丸紐(丸四つ組)付きの袋 2 点。ループ組成ではない
口の締め紐に使われている組紐の種類
1. ループ技法組成と考えられる、6色2 畝組紐がついている袋 4 更に喪失したと考えられる 1 点がある
2. ループ数 5 不正規組織組紐がついている袋 3
3. 各要素が 1 対の糸からなる3 要素 2 畝組紐がついている袋 1 。多分ループ組成。
4. 要素数4の丸紐(丸四つ組)の袋 2 ループ組成ではない。
調査結果について:
ループ組紐が付いていた小袋 7点 ループ組紐ではない組紐が付いていた小袋 2点
組成法を確定出来ない紐が付いていた小袋 1点
写真観察で予想していたように、2点の組紐がループを捻って交換する2人組不正規組織組紐であることが確認できた。
ここで調査した以外の中世期レリック小袋を引き続き調査し、この方法(ループ捻り交換連結法)が平組紐を組成する技法として、単なる一地方的なものではな く広く流通していたものであろうと言う(我々の)仮説を証明したいと思っている。
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写真3 特殊バリエーション不正規組織組紐
左 資料 右 試作 各画面中では左が組成中に上になる面
ジョイ・ボウトルプ撮影 2003
ループ数6のループ組紐が付いていた小袋が3点もあったのは思い掛けなかった。一般に ループ数5とか7が好まれ、6 は組織バランスがよくないのであまり使わないからである。2本の紐は色糸6色を使っているので、そのために6本にしたとも考えられるが、それでは無地紐の 説明がつかない。
ノエミ・シュパイザーはベロミュンスター寺院(スイス)でこれと全く同色、同色順の紐を見たことがある。
編み袋4点に付いている紐4点はみな 同色で色順も殆ど同じである。6色を並べてできる色順は、重複するものを除いても60通りもある。その中のただ2種の みが見られしかもその2種では赤色糸2本が入れ替わっているだけである。4点が同じ工房で作られたのか、或はこの色順に意味があるのではないかという可能 性が考えられる。
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写真4 絹の編み袋(knitted purse)についていた6色6ループ不正規組織組紐2例
ジョイ・ボウトルプ撮影 2003
中世期ヨーロッパにおける組紐技法の実態とその分布を知るために、シオン以外のスイスの教会に保存されている組紐、更に広くヨ−ロッパの各地に散在する組 紐の調査が望まれる。
謝辞:この調査で、Domherr Werlen、Custos Wenger 両氏に大変お世話になった。厚くお礼申しあげる。
編集者蛇足:シオンはスイスレマン湖東端からローヌ川渓谷にそってマッターホーンの登り口ブリーグに向かう途次にある、人口2万足らずであるが4世紀には じまるという由緒ある小都市である。
ループ指操作組紐資料発見 17世紀デンマークか北ドイツ
ジョイ・ボウトルプが見出したこの資料はループ数5の UO #1 を糸でかがってボタン掛けのフロッグに仕立てたもので、前号に報告され、上記にも引用されているデンマーク王フレデリックIII 世のガウンに用いられていたフロッグとは組成法が異なる。王の叔父であった大ウルリック伯の棺を修復したときに国立博物館に収納された上着に付いていたも のである。伯の棺は今はデンマーク王家一族の墓所ロスキルデ寺院に納められているが、始めに埋葬されたのは北ドイツの領地であったから、このフロッグは北 ドイツにループ技法があったことを示す例かもしれない。
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写真5 紐の表面(左)では 組目が粗く、裏面(右)では組目が細かい。これは不正規組織組紐UO #1とUO #2 の特徴であるが、粗目の面が膨らみ加減で、かつ中2畝と外畝の要素に繋がりが見えないから、UO #1 と推定。Joy Boutrup 撮影 2003.
ループ指操作経糸トワイニングの聖母子像 フローレンスの寺院壁画に(写 真6)
ノエミ・シュパイザー < /font>
聖母は薄オレンジ色の子供服をひざの上に載せて、衿口か袖口の始末をしているところではないかし ら。その手の前に服の袖らしいものと衿口と青い裏地が見 え、そのすぐ下の聖母の指の下にも同色の裏地が見えますね。外向きに曲げた右手は、ループの開口部に糸を通し、衣服の縁に裏側から縫い付ける時の手つきを 思わせませんか。幼児の手にはそれぞれ1本以上のル−プはかかっていないようです。
聖母は優美に描れていてかなりの画家の手によるものに見えますが、幼児イエスの方は頭が曲がってついていて首がなく、姿勢がなっていませんね。御覧の通り 画面はかなり痛んでいて色彩は殆どなく大部分が灰色がかっています。
私の友達が、その友達の友達が昔フローレンスで撮ったものを送ってくれました。フローレンスの大寺院付属のMuseo dell'Opera del Duomo で撮った様におぼえているとのこと。残念ながら画家名と年代はわかりません。
編集者蛇足:左右の指に掛けたループを交換してできる互いに逆向き撚りの撚り紐を経糸として、その撚り目ごとに緯糸を通して布の縁、縫い目の上などにまつ りつける手法。左右の指各1−4本が使える。この絵ではループ数左右にそれぞれ1本だが、例えば、ニュース第5号には、パキスタン、フンザ族の手法では左 右各4本を使う方法が報告されている。
ウェールス・ランゴース出土衣服の縁かがりは、
カード織り? ループ操作?
ルイーズ・マムフォード(18)
この衣服は英国ウエールス南西部のランゴース湖中にある西暦890年に建造され915年にうち捨てられた人工島の 湿地から 1990 年に出土したものである。絹糸と麻糸で刺繍した麻平織地の別布が麻無地の服地に綴じ付けられている。
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写真7
布のはぎ目に沿って幅 2 mm 足らずの紐を綴じ付けて被っている。聖カスバートの法衣(7 世紀)のはぎ目を被うこれと同様の縁縫いの組成法としてE. プレンダレスは逆向きに糸通しをした 2 穴のカード2枚を使ったカード織りとループ2本を使ったループ指操作の2法の可能性をあげている(19)。カード織りでは、対角線上の2個の穴に経糸を通したカード2枚を綜絖にして、同 方向に半回転しては開口する。ループ技法では、一方のループを他方のループの中を通して交差させて開口する。いずれの技法でもあらかじめ針に通しておいた 緯糸を開口部に通し、その手で下地の布に綴じ付けていく。
それより数百年後(12−14世紀)のロンドン集芥場祉から出土した衣服の同様縁取りはカード織を使いながら綴じ付けたものであるとクロウフット等が指摘 している(20)。
ランゴース資料についての中間報告に、プリッチャードとグレンジャーーテイラーは指ループ法を使いながら綴じ付けた可能性を記しているが、その理由はあげ ていない(21)。
しかし、ランゴース資料の場合は紐が下地から離れている部分を調べると、紐の撚り目ごとに糸を通して縫い付けたものではなく約 1 cm ほどの間隔で縫い付けられていて、紐を作ってから綴じ付けたもの考えられる。
顕微鏡で調べると杉綾が顕著に非対称である。ループ2本を使い、1人が経糸を操作し1人が緯糸を通すループ指操作法の経糸縄連組織組成法で実験した見たと ころ、これにそっくりの紐が能率よくできることがわかった。カード織りでも同様縁取りを2人で作れるが、ループ操作法ならばそれよりもずっと早くしかも容 易く作れる。
(編集者蛇足)
この衣服に施されている縁取りとは、S 撚りと Z 撚りの双糸1対を並べて、緯糸をその撚り目ごとに通し、その緯糸で衣服の縁或はハギ目に沿ってに綴じ付けたものである。装飾と補強を兼ねたこの方法は他文 化にもよく見られるもので、新旧の民族衣裳、手織り布袋などにも使われている。同様の縁取りには双糸2対以上を使ったものもある。しかし個々の資料につい て実際にどのような方法が使われたのかは殆ど記録されていない。現在の豊富な情報源からこの縁取りが作れるような手法をいくつか挙げることはたやすいが、 果たしてその中のどれが実際に使われたかを指定するには問題がある。それはカード織りで組成できるがループ操作ではできない組織はあるが、その逆は存在し ないからである。従って組織観察でループ操作で組成されたと確定することはできない。使った手法に起因する組織以外の些細な特徴を見出す必要がある。且つ 他の技法には同じ様な特徴がないことも証明できなければならない。更に資料がこの技法では再現できるが、他の技法ではできないのは何故かが説明できること も必要であろう。
マムフォードは博物館のテキスタイル保存係という職務から、このような脆弱な布資料に接する機会とそれを間近に観察する機会に恵まれている。彼女はまた資 料の現状をできるだけ乱さぬように修復する技量と感受性を持っていることだろう。その意味で、資料の縁取りの杉綾が非対称であることに注目し、この資料が カード織りであるよりもループ操作法で組成された可能性が高いとする彼女の示唆には注目するべきであろう。ただ残念なことには、ループ操作で組んだ試料が 元資料に似ており、組みやすくて且つ早くできることからその可能性を推すのみで、その理由付けが充分でない様に思われる。
ループ操作経糸縄連組織組成法はこれまでに知られているよりもずっと広く、また古くから使われていたに違いない。したがって機あるごとに使用されていた可 能性を考慮に入れることは意味がある。この種の縁取りの組成法としてカード織りとループ組みの2法の可能性が 1956 年に示唆されて以来2004年の今日に到るまで、2法を区別する方法は元来明白なこと以外はわかっていない。2法に区別がつけられないのかどうかもわかっ ていない現状は、関心が払われないままに捨て置かれているからなのでないだろうか。
マムフォードがこの課題に更に取り組み、この2法への理解が深められることを期待する。
・ ループ操作組紐を記録するためのしおり
これはたまたま、ループ操作組紐を知っている人にであったときに、記録を取るための要点のリストです。記録が取れたら センターまでお知らせ下さい。
イラスト L-M 組紐技法入門シリーズ:
ループ手操作技法基本事項解説
第7回 片表亀甲組紐の組み方について
†L-M 組紐関係出版物:
・単行本:シュパイザーのスエーデン、ブリジット派尼僧院のループ操作組紐の調査についての報告がスエーデンから出版の予定。
・定期刊行物: J. Carey, 'The Chamberlain Secret,' Strands 2003, Issue 10, pp. 18-22; Three articles by N. Speiser, 'The Three Supercategories of Fabric-making Processes,' p. 3, 'The Three Key Questions Related to Structure and Technique in Textile Fabrics,' pp. 3-4, and The Braid on the Urumchi Mummy,' p. 10, Strands 2003, Issue 10.
・ニュースレター・Mendocino Coast (カリフォルニア州)Handweaver's Guild ニュースレター2月号に、B. L. Whaley がL.Swales Z. K. Williams の「指ループ組紐」、3月号には Whaley 考案の打ち機(可動部分10個)を紹介、4月号では既刊のループ組紐 に用いられている挿し図の解説をしている。
†2003年4月より 2004年3月までの活動
・展覧会:
相原日出子、亀井三枝子、清水幸子、山賀サヨ子 ロシア・サ ンクトペテルブルグで建都300周年記念日本文化祭の展覧会でループ組紐も含む組紐の実演、講習、作品展示 2004年10月
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写真 8 シュバーロウスキー宮殿の展覧会場
日根孝子、木下雅子、角浦節子 英国 Braid Society の創立10周年記念回覧展(ロンドン2003/10/9-12, ハロゲイト03/11/29-27, レスター03/11/29-04/3/27, バーナードカースル04/4/3-6/27, エクスター04/7/2-9/4)に8角目レース様組織技法を使った壁掛。
ひろいのぶこ 個展 ループ技法を取り入れた織り創作を含む 京都 Galerie 16 04/2/10-22。
杉山佳子 織り壁掛の仕上げにループ組紐を使った グループ展。
・復修制作:
西岡文夫・千鶴 群馬県富岡市蛇宮(じゃぐう)神社蔵 富岡市指定重要文化財「鯰尾の兜」 及び柳川市立花家蔵 萌黄威具足の修復。「鯰尾の兜」は七日市 藩前田家初代藩主、利孝所用として伝わる、江戸初期、大坂夏の陣の頃のもの。参照『甲冑武具研究』144号
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写真左「鯰尾の兜」修復後 西岡文夫 『 甲冑武具研究』144号より転写
右 同兜の修復のために組んだ威毛 西岡千鶴作 西岡文夫撮影
以下に実際に威毛などをくんでみたい人の為に復元の詳細の記録を西岡氏の御好意で公開する。< /font> < /font>
「鯰尾の兜」
威糸:3 越中1 畦 4 越の 8 畦平綾組織組紐。色:黒茶、萌黄、白、幅は約7ミリ。
補修には21中13本双糸撚り糸 を使い、3本×26条(クテ数13)で仕上幅8〜9ミリを80センチの長さにして8本を組む。
根緒(兜の緒を兜に取り付けるた めの小さく輪になった部分):源氏打24条、色:威糸と同じ。上記と同じ糸で4本×24条(12クテ)、60センチ組んだ。
両方ともプラスチックのクテを使 い、棒台に糸端を結びつけて千鶴が組み、文夫が箆打ちをした。組み目は揃っているが、10センチ組むのに約1時間かかった。
立花鑑通の萌黄威具足(江戸中 期・宝暦年間 1751-1764)
耳糸:3 越中1畦4 越の 8 畦の平綾組織。色:萌黄、紫、朱、黄、白「啄木」柄、幅:約7ミリ。補修には27中9本片撚り糸、朱糸のみ諸撚り糸、2本×26条(クテ数13)で20セ ンチ組んだ。
面頬の威糸:耳糸と同組織。色: 萌黄一色 幅:5ミリ。2本×26条(クテ数13)で50センチくらい組んだ。箆打ちを少し強めにした。
両方とも組み枠を使って千鶴が一 人で組んだ。
・ 講習会 < /font> C.プリース・ト―ドーマン 3月にSociety for Creative Anachronismの年次講習会に初級(ハーレイ手稿に基づく技法)、中級(ループ交換、指に1本以上の ループ)、上級(連結組み)の3クラスを企画。川辺千佳代 大谷女子短大で特講 04 年1月 木下雅子 埼玉県和光市理化学研究所国際交流館と奈良市国際奈良学セミナーハウスで、クテ打基礎技法、応用技法II、トルマッシュ技法シリーズ 1, 3, 4など。N. Speiser 6月にデンマーク国立博物館ブレデ分館で。
・自主グループ勉強会、研究会など 8月26日 泉大津市立機編館、11月30日、04年2月29日 < /font>国際奈良学セミナーハウス。
† 謝 辞
未刊行報告書と写真のコピー提供と原稿校正:ローテンベルグ、シャミール、ベギンスキー3氏。出版物寄贈:西岡文夫、寄稿:ボウトルプ、マムフォード、小 村、シュパイザー諸氏、情報、写真など提供:ボウトルプ、亀井、西岡、プリーストードーマン、ホ エイリー諸氏。献金:相原日出子、木野内清子、金塚敦子、加古千恵子、多田牧子、高橋君子諸氏。また手紙を頂いた方々に感謝します。
† 訂 正
前号情報提供者紹介中に植田直美さんのお名前が脱落 元興寺文化財研究所保存科学センター研究部保存科学研究 室室長 お名前の綴り方訂正 Saga Ambegaokar
*L_M BRIC News はループ操作組紐技法の知識と理解を広めるために、年1回発行、日本語印刷版を無料で配布しています。御希望の人は編集者までお知らせ下さい。ただし御理 解者の献金は歓迎します。
*協力献金 ¥送付先:振替口座番号 00360 3 2586 名義人木下雅子 $送付先: 5 Winthrop Place, Ithaca, NY 14850 U. S. A.